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広島高等裁判所岡山支部 平成2年(ネ)34号 判決 1994年4月26日

控訴人 佐々木斉

被控訴人 国 ほか一名

代理人 富岡淳 佐下勝義 永谷進 土田哲郎 青井好博

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次に訂正、付加、削除するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決六枚目表三行目「本件留置場」の前に「代用監獄である」を加え、同七枚目表一二行目「宮口昌宏」を「宮口昌広」と、同裏五行目「接見できない」を「接見させることはできない」と、同七、八行目「前日である同月四日」を「日の前日である同月四日の」と、同一二行目「受取に」を「受け取りに」と、同八枚目表六行目「原告に対して」を「少なくとも控訴人に対しては」と、同八行目「宮口係長に対し」を「宮口係長に対しては」と、同裏二行目「具体的指定書」から同四行目「されておらず」までを「具体的指定書持参の問題に終始して接見の指定がなされておらず」と、同六行目「右の時刻頃」を「その時間帯」と、同九行目「可能性が高い同日午前八時三〇分頃に」を「可能性が高い午前八時三〇分頃という時刻を選んで」と各改め、同一二行目「行われておらず」の前に「現に」を加え、同九枚目表三行目「認めなかった」を「認めない」と、同一一行目「同日」を「昭和六一年二月五日」と、同一二行目「接見拒否」を「接見拒否処分」と、同行目、同一〇枚目表四行目及び同六行目の各「当裁判所」をいずれも「岡山地方裁判所」と、同一〇枚目表一二行目「接見については」を「接見は」と、同一三行目「接見を認めた」を「の接見であった」と各改め、同一一枚目表六行目「最も重要な」の前に「刑事手続上」を加え、同一二枚目表一二行目「取調べを念頭に置いたうえで」を「取調べがあることを想定した上で」と、同裏三行目「便宜的に利用する」を「便宜利用し得るだけの」と、同四行目「前提となる」を「基礎ともいうべき」と、同五、六行目「保障している憲法の権利保障の厳格さ」を「保障しなければ抑留、拘禁自体が否定されねばならないとした憲法の権利保障の仕方の厳しさ」と各改め、同七行目「このような」を削除し、同七、八行目「考えれば」の前に「以上のとおり」を、同一三行目「憲法」の前に「はじめて」を各加え、同一六枚目表一三行目「拘禁事務の従事者は」を「拘禁事務に携わる者とは」と、同一七枚目表一行目「ことにもならない」を「こともない」と、同一八枚目裏一〇行目「被疑者」を「被疑事件」と、同一二行目「右規則が」を「右規則は、」と、同二〇枚目裏一二行目「ことから」を「ことからも」と、同二三枚目裏一行目「一月三〇日」を「二月五日」と各改め、同三行目「牛江検事が」の次に「行った」を加え、同二四枚目表三行目「であるのに」から同四行目「接見させなかったことは」までを「であり、牛江検事が行った、直ちに接見させず接見開始時刻を約一時間遅らせるとの指示は」と改め、同二五枚目裏五行目「指定の要件を欠くばかりでなく、」の次に「本件被疑事件はいわゆる一般的指定すらされておらず、検察官としては具体的指定権を行使する必要のない事件と認識していた通常事件であったから、実務上の慣行に従い直ちに接見させなければならなかった。また、仮に、『現に』取調中であったとしても、」を、同二八枚目表五行目「留置主任官」の次に「(笠谷忠義)」を各加える。

二  原判決三四枚目裏一二、一三行目「申し入れたこと」の次に「(ただし、同日午前八時四〇分頃である。)」を加え、同三五枚目裏八行目「知らない」を「否認する」と、同一〇行目「当裁判所」を「岡山地方裁判所」と、同三六枚目裏一〇行目「二七日に自白した。」を「二七日に至って自白に転じた。」と、同三七枚目裏六行目「必要があった。」を「必要があったことである。」と、同四〇枚目裏九、一〇行目「との合意に達した。」を「ということで協議が成立した。」と、同四二枚目表一二行目「旨の合意が成立した。」を「ということで話がまとまった。」と各改め、同裏一行目「特に」を削除し、同四三枚目表一行目「電話連絡し、」を「電話連絡したが、その際、『控訴人が指定書を持参しないで接見に来れば、接見させることも止むを得ない』旨も伝え、」と、同四五枚目表一行目「当裁判所」を「岡山地方裁判所」と、同五一枚目裏一二行目「右場合」を「その確信が持てる場合」と、同五二枚目裏一一行目「検察官に対する」を「検察官のもとへの」と、同五七枚目表一〇行目「前記のとおり、」を「前記のとおりであり、同日には」と各改め、同一二行目「被疑者」の前に「正に」を加え、同五八枚目表四、五行目「了承していた。」を「了承したものである。」と、同五九枚目表七行目「連絡文書」を「内部の連絡文書」と、同六一枚目表二行目「接見指定権」を「接見交通権」と、同一一行目「前記指示」を「電話連絡」と、同裏一二行目「協議により自ら了承した」を「協議において自らこれを了承した」と各改め、同一三行目「原告」の前に「殊更」を、同六二枚目表一〇行目「原告」の前に「少なくとも」を各加え、同六三枚目裏一行目「同月五日」を「昭和六一年二月五日」と、同六四枚目表六、七行目「予想されるところ」を「予想される同人の反応など」と各改める。

三  原判決六四枚目裏六行目「防犯課、岡山地方検察庁」を「防犯課あるいは岡山地方検察庁」と改め、同六五枚目表一〇行目「申し入れたこと」の次に「(ただし、同日午前八時四〇分頃である。)」を加え、同一一行目「右接見について」を「接見させてよいか否かを」と改め、同裏一行目「牛江検事」の前に「の連絡を受けている旨の回答を得たこと、」を加え、同六六枚目表二行目「監督する」を「指揮監督する」と、同六七枚目表一三行目から同裏一行目にかけて「被疑者の姿を目撃している。」を「その状況を見ていた。」と、同六八枚目表一行目「被疑者の」を「被疑者を」と、同裏八行目「旨答えた。」を「とのことであった。」と、同七一枚目裏一一、一二行目「処理されていた。」を「処理されたものである。」と、同一三行目及び同七二枚目表五行目の「発布されて」を「出されて」と、同裏七行目「電話を代わり」を「電話を代わってもらい」と、同七四枚目表四行目冒頭から同九行目「違法性は存しない。」までを「本件被疑事件は、昭和六一年一月二三日岡山地方検察庁に送致されているので、それ以後は、捜査の主宰者である牛江検事が刑事訴訟法三九条三項に基づく接見指定権を行使すべき立場にあった。そして、中浜警部補は、牛江検事より、同年二月五日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に一五分間接見させるようにとの指示を受け、これをもって接見指定がされたものと受け止めたのであり、この指示が明らかに違法であると認められない以上、これに従うのはその職責上当然のことであるから、同日午前九時三〇分まで接見を待ってもらいたい旨申し出た行為には違法性はない。」と、同九、一〇行目「前記接見指定」を「右指示」と、同七五枚目裏八行目「そして、」を「また、被疑者と弁護人等との接見交通権と捜査の必要性との調和を図るため接見に関する指定が規定されているのであり、接見に関する指定は、弁護人等と捜査機関との協議に基づいて決められるものであるから、右協議の結果接見の日時が決められた場所には、弁護人等としては、信義則の上からも、右日時を当然守るべきである。このように、」と、同一三行目「中浜警部補の行為」を「中浜警部補が改めて牛江検事に接見の可否につき問い合わせなかったこと」と、同七六枚目表一、二行目「原告の申出とは別個に」を「控訴人から申し出はなかったものの」と各改める。

四  控訴人の主張

1  (憲法三八条一項)

身柄拘束中の被疑者について、憲法三八条一項は黙秘権を保障し、刑訴法一九八条も取調受忍義務を認めてはいないから、被疑者は、取調室に出向いて滞留する義務はないし、一旦任意に応じてもいつでも取調室から退去することができるというべきである。したがって、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人になろうとする者(以下、「弁護人等」という。)が被疑者との接見を申し出た場合には、捜査機関としては、被疑者にその旨を告知し、接見するか否かの意思を確認する義務がある。そして、被疑者が弁護人等との接見よりも取調べの継続を積極的に承諾した場合に限り、接見の具体的指定を行うことができるものと解すべきである。ただし、初回接見については、弁護人選任権行使の基礎であり、被疑者としての防御権を弁護人等から告知される以前であるから、被疑者がたとえ取調べの継続を承認していたとしても、無条件に接見が許されるべきであり、具体的指定権の行使は許されない。

2  (接見指定の要件)

二回目以降の接見であり、かつ、被疑者が接見よりも取調べの継続を積極的に承諾した場合であっても、具体的指定を行うことが許される「取調中」とは、捜査の中断による支障が顕著な場合、例えば交通遮断の手配済みの実況見分、検証等その時期をはずしては物理的に代替困難な場合、その機械を失しては取返しのつかない支障が生じる場合に限られるものというべきである。

3  (憲法三四条前段)

憲法三四条前段は、弁護人依頼権の中身として、弁護人と直ちに接見する権利を保障しているものと解すべきである。したがって、指定要件が存していて具体的指定を行う場合には、直ちに弁護人等との接見を許した上で、その終了時刻を画するという方式によらなければならず、現在行われているような「○○時から○○時までの間の○○分」接見を認めるという方式は、即時の接見を拒否するという意味で違憲、違法である。

4  (初回接見)

接見指定が接見交通権と捜査の必要との調整を図るための例外的措置であるとすれば、初回接見については特別の配慮を必要とするのであって、たとえ取調べを中断してでも接見の機会を保障すべきである。

5  (合意による接見)

「合意による接見」は理論上存在しない。刑訴法三九条三項が規定する指定要件が存在する場合に、弁護人等の意見を考慮した上で接見の日時等が決定されるとしても、これは接見の指定そのものであって、合意による接見ではない。また、右要件が存在しない場合に、合意による接見の名の下に、弁護人等が制限された接見を甘受しなければならないいわれはない。

6  (指定要件の確認)

接見の指定を行うに当たっては、弁護人等が必要とする接見との兼ね合いで、現在の取調べの進行に顕著な支障を生じるか否かの確認と、取調べの終了予定時刻の確認が必要である。ところが、牛江検事は、昭和六一年一月三〇日の第一次接見妨害の際、被疑者が取調室に入ったばかりであることの確認しかしていない。また、昭和六二年二月四日午後三時三〇分頃の電話の際、仮に牛江検事が接見の指定をしたとすれば、その際同検事は、何らの確認作業もしていない。

7  (接見指定権者)

控訴人が接見の申出をした際、警察官が直ちに接見させることなく、検察官に連絡したり、あるいは、検察官との協議を要求したりすること自体が、法令上の根拠を欠き、違法である。殊に、本件においては、一般的指定がされていなかったのであるから、控訴人の即時の本件接見申入れを拒み、捜査主任官あるいは検察官と接見の可否について連絡を取るべき理由はなかった。

8  (本件第一次接見妨害)

控訴人が初回接見を申し入れた昭和六一年一月三〇日午前九時三〇分頃の時点で、右申入れを拒む接見指定の要件はなかった。殊に、取調べを中断することの支障が同日午後四時からという時間帯では顕著でなく、同日午前一〇時からという時間帯では顕著であるという証拠はない。それにもかかわらず、牛江検事が同日午後四時から三〇分間と、接見の時間帯と接見時間を指定したのは違法である。

また、本件被疑事件は、法定刑の軽重、捜査の進展状況、被疑者(佐藤)の役割等からみて、重大事件ではなく、取調べの必要性が取り立てて高い事件ではなかった。事実、牛江検事は、本件被疑事件についていわゆる一般的指定をしていない。したがって、本件被疑事件は、当然具体的指定をする意思のない事件であった。それにもかかわらず、牛江検事が昭和六一年一月三〇日に接見を指定したのは、かねて、具体的指定書の受領、持参で非妥協的態度を取っていた控訴人に一矢を報いるためであって、控訴人に対する主観的、感情的態度であり、違法である。

9  (本件第二次接見妨害)

昭和六二年二月四日午後三時三〇分頃、控訴人は電話で牛江検事に接見の時間調整のための事務連絡を行い、翌五日午前九時三〇分から三〇分間の接見を希望する旨伝えたが、その際、牛江検事は接見指定書の受領、持参に控訴人が応じるか否かに固執し、接見の時間帯及び時間の協議をしないまま、「それではお好きなように、指定書がなければ接見できない。」(なお、仮に原判決の認定のとおりだとすれば、「勝手に行かれたらどうですか。」)と捨て台詞を吐いているのであるから、牛江検事は接見の指定をしておらず、控訴人と牛江検事が接見の時間帯及び接見時間の合意をした事実もない。

そして、右事務連絡の際、牛江検事は、具体的指定書の受領、持参について押し問答をしただけで、控訴人に対しては、具体的指定をするとも、しないとも明確な回答をしなかったにもかかわらず、警察に対しては、翌五日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に一五分間接見をさせる旨の具体的指定をしたのと同一の連絡をしているのであって、その措置は、不明確で混乱しており、不適切かつ違法である。そして、牛江検事のこの不統一で矛盾した行動の結果、控訴人の接見が拒否されることとなったのである。

なお、刑訴法三九条三項が規定する指定要件が存在し、弁護人と協議した上で接見の日時等が決定された場合であっても、指定された時間帯以外では原則として自由に接見できるのであり、たとえ指定された時間帯に近接した時間帯であっても、右協議を根拠に接見を拒否することはできない。ただ例外的に訴訟法上の権利の行使が信義則違反、権利濫用に当たる場合にのみ接見が制限されるにすぎないというべきである。

そして、控訴人が中浜警部補に被疑者との接見を申し入れた昭和六二年二月五日午前八時三〇分頃の時点で、右申入れを拒む接見指定の要件はなかった。

したがって、中浜警部補としては、仮に牛江検事が同日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間の一五分間という具体的指定をしていたとしても、右指定は、指定された時間帯以外の接見を禁止する効力を持たないから、直ちに接見させるべきであった。仮に、中浜警部補が接見等の指定につき権限のない捜査官であったのであれば、権限のある捜査官である牛江検事に対し、接見の申出のあったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続をとる必要があった。ところが、中浜警部補は、捜査主任官の宮口係長に連絡しただけで、牛江検事への連絡を怠り、控訴人の即時接見を拒否した。これは、故意又は過失による違法な措置であり、不法行為である。

五  被控訴人国の主張

控訴人の主張は争う。

1  (憲法三八条一項、三四条前段)

逮捕、勾留中の被疑者に取調受忍義務があることは、実務の趨勢的見解であり、取調受忍義務を否定する控訴人の主張は明らかに失当である。また、憲法三四条前段は、弁護人依頼権を保障したに留まり、弁護人の具体的権限にまでは触れておらず、被疑者の弁護人との接見交通権は、刑訴法上の権利に過ぎないから、憲法三四条前段が即時接見を含む接見交通権の保障を宣明しているとする控訴人の主張も失当である。

2  (接見指定の要件)

接見指定権行使の要件である「捜査のため必要があるとき」(刑訴法三九条三項)は、被疑者の身柄の物理的必要性の有無といった機械的、画一的基準のみによって判断すべきでなく、当該被疑事件の性格、内容及び背景、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況、被疑者の供述状況、関係人の捜査への対応状況、弁護活動の態様等当該事案に係る全ての事情を総合的に判断した場合に、弁護人等と被疑者との接見が直ちに又は無制限に行われたとしたならば、捜査機関が現に実施し、又は将来実施することとなる被疑者及び参考人の取調べ、証拠物の押収等の捜査手段との関連で、迅速かつ適正に当該事案の真相を解明するのに支障が生じるおそれが顕著であるときをいうものと解すべきである。

これを本件についてみるに、<1>被疑者(佐藤)に対する本件被疑事件の性格及び背景(複数の飲食店で売春が行われた組織的かつ計画的な犯行であり、背後に黒幕の存在がうかがわれたため、突き上げ捜査を実施する必要があった)、<2>内容(関係店舗多数で身柄を拘束された店長、従業員等も一〇名程度に及び、また、在宅のまま取調べられたホステスや遊客は多数に上った)、<3>事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法(主犯格と目される小野博行及び会計責任者の被疑者(佐藤)は、売春の周施等の実行行為には関与していなかった上、黒幕の存在を突き止めて事案の真相を解明するためには、専ら被疑者や関係人の供述による必要があった)、<4>真相解明の難易度(強制捜査着手前に主犯格と目される小野らが逃走し未検挙者がいる一方で、第一次検挙組の他の被疑者は昭和六〇年一二月末には既に全て保釈されていた)、<5>捜査、公判の具体的進展状況(関係警察署が三箇所に及び、共犯者がばらばらに検挙され、捜査、公判の各進展状況も様々であった)、<6>被疑者の供述状況(当初否認し、徐々に具体的供述をしつつあった)、<7>関係人の捜査への対応状況(日計表の写し等の証拠書類を焼却し、架空の書類を捏造するなどの罪証隠滅工作をしていた)、<8>弁護活動の態様(共犯者尾形修三の弁護人である大石和昭弁護士が謄写した尾形の供述調書の写しが他の共犯者の手に渡っていた)等の諸事情を総合的に考慮すれば、被疑者(佐藤)に対する取調べの必要性は極めて大きく、刑訴法三九条三項所定の接見指定要件が存在していたことは動かし難い。

3  (一般的指定)

いわゆる一般的指定とは、検察官等が接見指定権を円滑に行使することができるようにするため、予め当該被疑事件につき接見指定権を行使することがある旨を監獄の長に通知する内部的事務連絡にすぎないのであるから、事前にいわゆる一般的指定がされていない場合であっても、弁護人等が具体的に接見の申出をした時点において刑訴法三九条三項所定の接見指定要件があれば、接見指定権を行使できることは当然の事理である。

4  (第一回接見)

昭和六一年一月三〇日の第一回接見の申出の時点において、接見指定の要件が具備していたことは明らかである。すなわち、<1>被疑者(佐藤)の本件被疑事件を含む一連の売春周施事犯が関連共犯者多数の大掛かりな組織的事犯であり、<2>主犯格と目される小野らが逃走中で、<3>共謀関係を中心とする犯行の実態解明には被疑者(佐藤)に対する徹底した取調べが不可欠であり、<4>被疑者(佐藤)は、昭和六一年一月二七日になってようやく自供を始めたものの、本格的取調べがまだ緒に付いたばかりで、取調事項が多岐にわたっていたこと等の諸事情を勘案すると、同月三〇日には、被疑者(佐藤)を取り調べる必要が顕著であった上、控訴人が接見を申し出たときは、正に被疑者(佐藤)の取調べが開始されようとしている状況にあった(実際、同日午前九時五三分頃から取調べが開始されている。)のである。

そして、接見指定の要件がある場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきものと解されているところ、牛江検事は、これを踏まえ、正に控訴人と協議して接見のための日時を指定しているのであるから、第一回接見をめぐる牛江検事の所為には、何らの違法も存在しないものというべきである。

5  (第二回接見)

接見指定権の行使は、検察官等の権限とされているから、その要件があれば、弁護人等に対し一方的に接見の日時等を指定することができるけれども、弁護人等が検察官等より一方的に指定された日時等に差支えがあれば、現実問題として被疑者との接見ができない結果を招来することになるため、接見指定に当たっては、検察官等と弁護人等との双方が誠実に協議し、接見の日時等を調整する必要性が極めて高いのであって、実務上も、右の協議に基づいて接見の日時等の指定が適切に行われている場合が殆どである。そして、右の協議の結果、接見の時間帯及び接見時間等に関する合意が成立した場合には、弁護人等は、刑訴法一条、刑訴規則一条二項の趣旨に則り、原則として右合意を遵守して誠実に行動すべきであるから、捜査機関側としては、弁護人等が右合意を放棄した旨明示して新たな接見申出をし、又は事情変更が生じたような特段の場合を除き、右合意の成立を無視するような接見申出を拒否しても違法ではないものというべきである。

ところで、牛江検事は、手続の明確化及び取扱いの斉一化の観点から接見指定に当たっては書面によること及びその受領、持参を要求することを第一義的に考えながらも、これに応じない弁護人等には弾力的に対応していたところ、昭和六一年二月四日午後三時三〇分頃、控訴人との電話による協議の結果、接見時間と時間帯については話合いがまとまって合意に達した後、指定書による指定、その受領及び持参をめぐって論争となったものの、控訴人において従前どおり指定書なしで接見することになっても止むを得ないという気持ちで「そういう見解なら、勝手に行かれたらどうですか。」と述べて控訴人とのやりとりが終わりになったのであるから、控訴人と牛江検事との間には、接見時間及び時間帯の合意が成立したものというべきである。なお、右電話でのやりとりにより、牛江検事が口頭で接見指定を行ったものと評価することもできる。

ところが、控訴人は、牛江検事と合意した時間帯よりも以前に接見しなければならないほどの事情変更がないにもかかわらず、前記大石弁護士の助言に従って牛江検事との合意内容どおりに接見に赴くことを翻意し、合意した時刻よりも約一時間早く岡山東署に赴いて即時接見を申し出るという牛江検事の全く予想しない挙に出た上、応対に出た中浜警部補に対し、牛江検事との合意を破棄した新たな接見申出である旨述べることなく、即時接見のみを要求した。このような不誠実極まりない控訴人の要求に対して、右合意を根拠に接見を午前九時三〇分まで待つよう要請した中浜警部補の所為に何ら違法な点は認められない。また、牛江検事が口頭で接見指定をしたものと評価した場合においても、訴訟上の信義則の観点から、控訴人が指定時刻を遵守する義務を免れるものではなく、留置担当警察官が指定された時間帯以外の、これと近接する合理的時間帯における弁護人の接見申出を拒否しても、違法とはいえないというべきである。

なお、第二回の接見申出が全く新たな接見申出であるとすれば、牛江検事はこれに何らの関与もしていないから、その責任を問われるいわれはない。

6  (接見指定の方法)

接見指定の方法(書面か口頭か)は、接見指定権者の合理的な裁量に委ねられているところ、書面による指定には、指定の内容を明確にし、接見をめぐる過誤、紛争を未然に防止するとともに、不服申立てがあった場合の審判の対象を明確にするなどの利点があり、合理的な方法として許容される。また、接見指定の書面を接見指定権者のもとに受け取りに来ること及びこれを監獄に持参することを弁護人等に要求することも、弁護人等において直ちに接見しなければならない緊急の必要性があるとか、書面を受け取るため接見指定権者のもとに出向くことが弁護人等にとって著しい負担となる場合等特段の事情のない限り、何ら違法な点はない。

ところが、控訴人の本件当時の事務所までの距離は、検察庁から約五五〇メートルに過ぎず、控訴人に対し指定書の受領を求めても過重な負担を強いることにはならないのであるから、牛江検事が控訴人の指定書の受領、持参方を要求したこと自体何ら問題のない所為であった。

7  (損害)

控訴人には国家賠償法上金銭をもって賠償すべき損害が生じていない。

接見交通権は、被疑者の防御権の行使を補助するため、刑事手続上検察官と相対立する地位にある機関としての弁護人等に対し、同手続上の権利として付与されたものであって、弁護士たる個人に対して被疑者の権利擁護と関係なく与えられたものではないのであるから、刑事手続上の機関たる弁護人等が手続上の権利行使を妨害されたとしても、そのために生じた精神的損害を国等に対し賠償請求できるいわれはない。また、刑訴法三九条三項の解釈の適否等については、本来刑訴法上の不服申立手段である準抗告の申立てによってその解決が図られれば足りるところ、これを行うこと自体は刑事弁護人としての当然の職責に属するから、これに要する精神的なものを含む諸々の負担は、弁護人として通常の負担の範囲内のものであり、これをもって、国家賠償法に基づき金銭で賠償するに値するだけの損害が生じているとは到底言うことができない。

六  被控訴人県の主張

控訴人の主張は争う。

1  (第一回接見)

第一回接見の際、控訴人から被疑者(佐藤)との接見の申出を受けた中浜警部補は、その接見の可否について判断する権限を有しなかったので、直ちに接見させることなく、その権限を有する検察官である牛江検事に電話で連絡したところ、同検事の依頼により同検事からの電話を控訴人に取り次ぎ、それにより同検事と控訴人との間で接見に関する協議が行われ、接見の指定がされた。このような中浜警部補の行為は、誠に妥当なものであり、何ら違法視される理由はない。

2  (第二回接見)

第二回接見の際、控訴人から被疑者(佐藤)との接見の申出を受けた中浜警部補は、その接見の可否について判断する権限を有しなかったので、警察の捜査主任者であった宮口警部補に接見の可否を問い合わせたところ、前日に、牛江検事から、「明日、控訴人が接見に行ったら、午前九時三〇分から午前一〇時三〇分の間に、一五分間接見させてください。」という趣旨の電話があったことを知り、控訴人に対し、牛江検事の指定する時刻まで待って欲しい旨回答し、直ちには接見を認めなかった。

中浜警部補は、右の牛江検事からの連絡を刑訴法三九条三項に基づく接見規定がされたものと理解したものであり、そのような理解は誠に無理からぬものである。また、接見指定は、弁護人等と捜査官との協議に基づいて決められるものであるから、一旦決まった接見の日時については、信義則上、双方とも従うべきである。したがって、接見指定の時刻より約一時間早く接見に来た控訴人に対し、中浜警部補が、指定の時刻まで待って貰いたい旨回答し、直ちには接見を認めなかったことに違法性はない。

また、控訴人は、約一時間後の指定された時刻まで待てない特段の事情を示していないのであるから、中浜警部補には、牛江検事に連絡して接見の可否について問い合わせるべき義務はなかった。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の各書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  事実経過について

本件の事実経過に関する当裁判所の認定、判断は、次に訂正、付加、削除するほかは、原判決がその七六枚目裏七行目冒頭から八六枚目表一一行目末尾までに説示するとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決七七枚目表一二行目「本件第二充接見妨害」を「本件第二次接見妨害」と、同裏一三行目「当裁判所」を「岡山地方裁判所」と各改め、同七八枚目表一〇行目「第一五号証の一ないし三、」の次に「第一七号証、」を加え、同一二行目「第五六号証」を「第五四号証、第五六号証、第八一号証」と改め、同裏六行目末尾の次に「第五ないし第七号証、第二六号証、第三二号証、第四六号証の一ないし三、第四七ないし第四九号証、第五〇ないし第七四号証(ただし、佐藤和弘の署名、指印部分は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる。)、第七七、第八〇号証(ただし、小野博行の署名、指印部分は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる。)、第九二号証、第九五号証、」を、同七行目「証人牛江史彦」の次に「(原審及び当審)」を、同七、八行目「原告本人尋問の結果」の次に「(原審及び当審)」を各加える。

2  原判決七八枚目裏一一行目「七、八店のバー等」を「少なくとも七店舗のバー」と改め、同一二行目「被疑者」の前に「岡山東警察署(東署)、同西警察署及び倉敷警察署がその捜査に当たった。」を加え、同七九枚目表八行目「接見禁止決定」を「接見等禁止決定」と、同九行目「東署の宮口係長」を「東署防犯課防犯係長の宮口昌広警部補(宮口係長)」と、同裏三行目「処置」を「措置」と、同四行目「東署の中浜警部補」を「東署警務課管理係長の中浜高義警部補(中浜警部補)」と、同九行目「二九条二項」から同一〇行目末尾までを「二九条二項の捜査主任者ではないから、刑事訴訟法三九条三項の接見指定をする立場にはなかった。」と、同一一行目「同月二二日」を「昭和六一年一月二二日」と各改め、同八〇枚目表一行目「三日」及び「六日」の次に「(二通)」を各加え、同行目「七日」の次に「、九日、一〇日、一五日、二二日」を、同四行目「一〇日」の次に「、一七日、二六日、三月一四日」を各加え、同五行目「同月二七日に釈放されるまで」を「同年二月二七日に保釈が許可されて釈放されるまで」と、同一三行目「被疑者」の前に「岡山東警察署(東署)、同西警察署及び倉敷警察署が、昭和六〇年一一月以来、」を加え、同裏一行目「一〇名程度」を「一〇数名」と、同二行目「東署でも」を「東署では」と、同行目「逮捕」を「勾留」と各改める。

3  原判決八〇枚目裏八、九行目「そこで、原告は、右依頼に応じ」を「「その後、控訴人は、被疑者から氏名不詳の知人を通じて接見の依頼を受け」と、同一〇行目「一月三〇日午前九時三〇分頃」を「一月三〇日(逮捕の九日後、勾留八日目)の午前九時四五分頃」と、同八一枚目表一行目「被疑者」から同行目「なっていること」までを「被疑者について接見等禁止決定が出ていること」と、同二行目「接見禁止決定になっている」を「接見等禁止決定が出ている」と、同六行目「必要がない」を「持ってくる必要がない」と、同一一行目「接見禁止決定書」を「接見等禁止決定書」と、同一一、一二行目「納得しなかった。」を「、弁護人等が接見等禁止決定の対象から外されている旨説明して、直ちに被疑者と接見させるように要求した。」と各改め、同一二行目「中浜警部補は、」の次に「被疑者留置規則の上で接見指定をする立場になかったことから、」を加え、同裏一行目「よいか」を「よいか否か」と、同一三行目「両者で協議した結果」から同八二枚目表一行目末尾までを「控訴人と協議した結果、当日は昼休み時間を含め午後四時頃まで控訴人に所用があったことから、控訴人の都合を踏まえ、控訴人の了解を得た上で、同日午後四時から午後五時までの間の三〇分間の接見を認める旨の接見指定(具体的指定)を行った。その上で、牛江検事は、控訴人に対し、接見指定の書面(具体的指定書)を検察庁まで受け取りに来るように求めたが、控訴人は、口頭で今指定を受けたので受け取りには行かない旨答え、通話を終えた。」と各改め、同裏一行目「被疑者」の前に「午前九時五三分頃、」を、同三行目末尾の次に「田所巡査部長は、その後昼休み時間を除き同日午後三時五六分頃まで被疑者の取調べを行い、後に認定するとおり同日午後四時頃から約三〇分間控訴人の接見が行われた後、同日午後四時三六分頃から午後六時四五分頃まで再び被疑者の取調べを行った。」を各加え、同五行目「午後四時からの一時間の間に」を「午後四時から午後五時までの間に」と改め、同八行目冒頭に「控訴人は、同日午後零時二五分頃、東署の中浜警部補に電話をかけ、午後四時に被疑者との接見に行く旨伝えるとともに、牛江検事から通知が行われているか否か確認したところ、中浜警部補は、その旨牛江検事から連絡を受けている旨答えた。ところで、」を加える。

4  原判決八三枚目表一三行目「原告は」から同裏三行目「合意に達した。」までを「控訴人は、昭和六一年二月四日午後三時三〇分後、翌五日午前九時三〇分頃に被疑者との二回目の接見を行おうと考え、被疑者の所在を確認して無駄足にならないようにするため、事務連絡の趣旨で、牛江検事に電話をかけ、翌五日の午前九時三〇分頃少なくとも三〇分間被疑者と接見する旨申し入れた。牛江検事は、かねて東署から本件被疑事件の捜査の進捗状況、取調予定等の報告を受けていたので、翌五日午前九時三〇分頃には牛江検事自身が被疑者を取り調べる予定がないばかりでなく、警察官が実況見分等で被疑者の身柄を東署外へ連れ出す予定もないため、接見の時間帯としては差支えないものの、接見の時間については取調べとの関係からこれを絞る必要があると考え、控訴人と協議した結果、控訴人の了解を得た上で、翌五日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間の一五分間の接見を認める旨の接見指定(具体的指定)を行った。」と改め、同一一行目「終えた」の次に「(この通話内容については、録音テープが残されていない。)」を加え、同一二行目冒頭から同八四枚目表二行目「電話連絡させた。」までを「ところで、牛江検事は、控訴人が接見指定の書面の受け取りを拒否したことにより、接見の指定は行わなかったことになるものと考えたが、控訴人は右指定の時間帯に東署に接見に赴くものと考え(控訴人が翌五日の午前八時三〇分頃接見に赴くことなど夢想だにしなかった。)、警察官との間でトラブルが起きてもいけないことから、事務連絡のつもりで、同日午後五時過ぎ頃、自らあるいは検察事務官を通じて、東署の宮口係長あるいは防犯課の他の警察官に電話をかけ、『明日(翌五日)午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に控訴人が被疑者との接見に行くから、一五分間接見させるように』と通知するとともに、『指定書を持参しないで接見に来れば、接見させるのも止むを得ない』旨伝えた。」と改める。

5  原判決八四枚目表六行目「原告は」から同裏二行目末尾までを「控訴人は、右電話連絡の際、牛江検事が具体的指定書の受取り及び持参を強く求めていたことから、控訴人の希望どおり指定を受けた午前九時三〇分頃接見に赴いても、取調べを理由にこれを拒否されるかも知れず、そうであれば、むしろ通常取調べが行われていない午前八時三〇分頃接見を求め、拒否されれば接見指定の要件がないことを理由に準抗告の申立てをしようと考え、東署の担当者が予想外の時間帯の接見申入れで混乱し、実際には被疑者と接見できないかも知れないと予想しつつ、翌五日は午前八時三〇分に接見のため東署に赴くこととした。そして、控訴人は、昭和六一年二月四日午後五時三〇分頃、岡山西警察署刑事第一課暴力犯係長松田敏之警部補に電話をかけ、数日間放置していた別件について、翌五日午前九時過ぎの面会の約束を取り付けた。控訴人は、同月五日午前八時三〇分頃、東署一階ロビーで司法修習生二名と待ち合わせたが、うち一人が遅れたため、一名を伴って留置事務室に赴いた。」と改め、同五行目「原告」の前に「池畠巡査長から、」を加え、同七、八行目「原告は、指定書は必要ない旨答えた。」を「控訴人は、『指定書は持参していない、そういうものを持ってくる義務はない、今は取調べのない時間帯だからすぐに、面会させて欲しい』旨述べた。」と改め、同八五枚目表一行目「牛江検事」の前に「今、宮口警部補から聞きましたが、」を加え、同八、九行目「これをメモした」から同一〇行目「退出した。」までを「これをメモした。そして、控訴人が、東署から退出するに当たり、中浜警部補に対し『九時三〇分のときは指定書が要るのか』と尋ねたところ、同警部補は、『既に検察官から指示がなされているので指定書はなくても構いません。』と答えた。控訴人は、同日午前九時頃同伴していた司法修習生と東署を退出し、その後は一人で前日約束した西署の松田警部補のもとに赴いた。」と、同一二行目「当裁判所」を「岡山地方裁判所」と各改め、同一三行目末尾の次に「なお、宮口係長は、中浜警部補からの電話で、控訴人が指定の時間帯前に接見に来た旨聞いたことから、何か手違いでもあったのではないかと思い、岡山地方検察庁に電話をかけたが、牛江検事の通常の登庁時刻前であり、宮口係長も緊急の要件であると説明しなかったため、電話は牛江検事に繋がらなかった。」を加える。

6  原判決八五枚目裏一〇行目「午前九時三〇分頃」を「午前九時三一分頃」と、同一一行目「当裁判所」を「岡山地方裁判所」と各改め、同一二行目「その後、」の次に「同月六日午前一一時頃、」を、同一三行目「電話で話し合い、」の次に「『本件被疑事件では一般的指定を行っておらず、検察官として具体的指定権を行使する意思のない事件であったが、牛江検事はまだ若い検事で勘違いがあり、言い方に非常に問題があった。』などと述べて牛江検事の落ち度を認めた上、」を各加え、同八六枚目表二、三行目「当裁判所」を「岡山地方裁判所」と、同四行目「原告は」から同五行目「接見したが、」までを「被疑者は、同月一〇日に売春防止法違反で起訴され(同月二四日、同年三月一五日各追起訴)、同年二月二七日保釈されたが、右起訴に至るまでの間、控訴人は、同年二月八日(約一五分間)及び同月一〇日(約一〇分間)にそれぞれ被疑者と接見した。その際は、牛江検事が、控訴人との無用のトラブルを避け、捜査に専念した方が得策であると答え、敢えて接見指定権の行使を控えたため、」と各改め、同七行目末尾の次に「なお、控訴人の当時の事務所(岡山市弓之町五番七号社会文化会館)から岡山地方検察庁までの距離は約五五〇メートル、所要時間は徒歩で一〇分足らずである。」を、同八行目「原告本人尋問の結果」の次に「(原審及び当審)」を、同九行目「のうち」の前に「、第一九号証」を、同一一行目「証拠はない」の次に「(なお、控訴人は、昭和六一年二月四日午後三時三〇分頃の牛江検事との電話協議の際、控訴人が一五分間という短時間では了承する筈がなく、接見の時間の話は出なかったと主張し、これに沿う控訴人本人尋問の結果[原審及び当審]があるが、前記認定のとおり、控訴人は、被疑者と後に自由に接見した同月八日にも約一五分間、同月一〇日には約一〇分間の接見をしていること、牛江検事が右電話協議の後東署に接見指定の連絡をしていること、接見指定がされていないのであれば、控訴人が翌五日の午前八時三〇分頃接見に赴いた理由について、単に、指定がされていないからとのみ説明すれば足りるにもかかわらず、控訴人は牛江検事が具体的指定書の受取り、持参を強く主張したことも上げていること等に照らし、にわかに措信し難い。)」を各加える。

二  接見交通権の意義、接見指定の要件等について

1  (接見交通権の意義)

憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留、拘禁されない旨規定し、弁護人依頼権を保障している。この規定を受けて、刑訴法三九条一項は、身体の拘束を受けている被疑者及び被告人は、弁護人又は弁護人選任権を有する者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護人等)と立会人なくして接見し、又は書類や物の授受をすることができると規定して、弁護人等との接見交通権を保障している。この弁護人等との接見交通権は、身柄拘束中の被疑者等が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利であるとともに、弁護人の最も重要な固有権の一つである。したがって、接見交通権は、本来自由であるべきであるが、他方、被疑者は刑訴法上捜査機関の取調べの対象として予定されている上、身柄拘束中の被疑者についてはその取調べに時間的制約があるため、接見交通権と捜査の必要性とを調整する必要を生じる。そこで、刑訴法三九条三項は、止むを得ない例外的措置として、捜査のため必要があるときは、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限しない限度で(同項ただし書)、右の接見等に関してその日時、場所、時間を指定することができると規定している(最高裁判所第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決・民集三二巻五号八二〇頁参照)。なお、接見交通権は、憲法三四条前段が保障する弁護人依頼権に由来するものではあるけれども、憲法三四条前段が弁護人等と直ちに接見する権利まで直接保障しているものとは解されないし、接見指定の方法として直ちに接見を認めた上で終了時刻を画する方法以外認められないとも解することはできない。また、右説示のとおり、刑訴法自体被疑者を取調べの対象として予定しているのであるから、身柄拘束中の被疑者に取調受忍義務がないことを前提とする控訴人の主張も、採用することができない。

2  (接見指定の要件)

ところで、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、捜査の中断による支障が顕著な場合を意味するものと解するのが相当であり、具体的には、捜査機関が弁護人等から被疑者との接見の申し出を受けた時点において、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているという場合のみならず、間近い時に被疑者を取り調べたり、実況見分、検証等に立ち会わせたりするなどの確実な予定があって、弁護人が必要とする接見を認めたのでは右取調べ等が予定どおり開始できない場合を含むものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷平成三年五月一〇日判決・民集四五巻五号九一九頁参照)。なお、この理は、弁護人等が求めた接見が初回の場合であっても同様であり、接見申し出に対する捜査機関の措置を違法と評価すべきか否かという判断基準においては、初回の接見について特に別に解すべき理由はない。

3  (接見指定の要件があり、接見指定を行う場合に捜査機関が採るべき措置)

接見交通権が憲法の保障に由来するものであることに鑑みれば、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申し出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には接見指定を行うことが許されるが、その場合には、捜査機関としては、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解するのが相当である(前掲最高裁判所第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決、前掲最高裁判所第三小法廷平成三年五月一〇日判決参照)。

4  (接見指定権者)

刑訴法三九条三項は、接見指定権者として「検察官、検察事務官又は司法警察職員」と規定する。しかしながら、捜査は統一的に実施する必要があり、捜査を迅速かつ円滑に行うためには、捜査全体を統括すべき立場にある者が接見の指定を行うべきであるから、被疑者留置規則二九条二項が、事件が検察官に送致されるまでの間の接見指定権者を捜査主任官に限定しているのは、内部内には合理的な制限ということができ、一般捜査官は、同条項により接見指定の権限を制限され、弁護人等に対し、独自の判断で接見指定権を行使することは許されないこととなる。そして、事件が検察官に送致された後は、捜査の主宰者である検察官のみが接見指定の権限を有し、司法警察職員には独自の指定権はないものと解するのが相当である。

ところで、接見指定の権限のない一般捜査官が弁護人等から接見等の申し出を受けた場合には、弁護人等に対し、接見指定権者を明示するなど接見指定を受けるための手続、手順を示し、直接指定を受けるように求めるか、あるいは、接見指定の権限のある主任捜査官ないし検察官に対し、右申し出のあったことを連絡し、その具体的な措置について指示を受ける必要があり、このような手続を要することにより弁護人等が待機せざるをえなくなり、そのため接見等が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲に留まる限り、許容されているものと解するのが相当である(前掲最高裁判所第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決、最高裁判所第二小法廷平成三年五月三一日判決・判時一三九〇号三三頁参照)。

5  (接見指定の方法)

接見指定の要件があり、接見指定の措置を採る場合に、どのような方法で接見指定を行うべきかについては、刑訴法上明文の規定がないから、指定を行う捜査機関の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当であり、電話等で弁護人等に口頭で指定する方法に限られる訳ではなく、書面(接見指定書)を弁護人等に交付することによって指定する方法もまた許されるものと言うべきであり、ただ、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるような場合に、それが違法なものとして許されないとの評価を受けることとなるに過ぎないものと言うべきである(前掲最高裁判所第三小法廷平成三年五月一〇日判決参照)。

三  昭和六一年一月三〇日の第一回接見(控訴人の言う本件第一次接見妨害)について

1  (中浜警部補)

前記認定の事実関係によれば、本件被疑事件は、昭和六一年一月二三日検察官に送致されたこと、したがって、同月三〇日の時点では、被疑者に関する接見指定の権限は捜査の主宰者である主任検事牛江検事に属していたこと、同日午前九時四五分頃、控訴人から被疑者との接見の申し出を受けた中浜警部補は、内部的にも接見指定権限を制約されていたこと、中浜警部補は、控訴人から接見の申し出を受けたのち、間もなく電話で捜査主任官の宮口係長に接見の可否につき問い合わせ、次いで、宮口係長の指示で牛江検事に電話で接見の可否につき問い合わせ、牛江検事の指示で電話を控訴人に代わってもらった上、控訴人に牛江検事との間で接見の日時等につき交渉する機会を与えたことがそれぞれ認められるのであるから、中浜警部補は、「権限のない一般捜査官」として正になすべきことをなしており、中浜警部補には何ら違法な行為は認められず、接見を妨害したものとは言えない。

もっとも、前記認定のとおり、中浜警部補の当初の対応には、弁護人等を対象としない接見等禁止決定書を控訴人に提示するなど、ややぎこちなさが認められるけれども、遅くとも田所巡査部長が被疑者を本件留置場から取調室に連行した午前九時五三分頃には、宮口係長に電話で指示を求めていたのであるから、遅くとも、控訴人の接見の申し出があった午前九時四五分頃から約八分後には正規の手続に着手しており、右程度の遅れをもって違法な措置と見ることはできない。

2  (牛江検事)

次に、前記認定の事実関係によれば、控訴人が被疑者との接見を申し出た同日午前九時四五分頃の時点においては、田所巡査部長による取調べが予定されており、その予定は確実であって、しかもその開始は間近かであって、控訴人が求めた接見を認めたのでは右取調べを予定どおり開始することができなかったことは明らかであるから、接見指定の要件である「捜査のため必要があるとき」(刑訴法三九条三項)に該当していたものというべきである。そして、中浜警部補から連絡を受けた牛江検事は、東署防犯課に電話を入れて右事情を確認した上、単に控訴人に対し接見を拒否するようなことはせず、控訴人に電話で右事情を説明し、控訴人にとって都合がよい時間帯のうち最も早い同日午後四時からという時間帯に控訴人の了解を得た上、三〇分間の接見を具体的に指定したというのであるから、牛江検事もまたなすべきことを的確になしたものと評価することができる(牛江検事は、右指定の際、接見指定書を控訴人に交付することによって接見指定を行おうとしたが、控訴人の協力が得られないと判明するやこれを固執せず、口頭で接見指定を行ったものである。)。牛江検事の行為に違法な点は認められず、牛江検事が接見を違法に妨害したものとは言えない。

なお、前記認定のとおり、牛江検事の上席検察官である宮越検事が、控訴人に対し電話で準抗告の取下げを求めた際、牛江検事の落ち度を認め、本件被疑事件が具体的指定を行う意思のない事件であった旨述べていることが認められるけれども、それをもって、牛江検事が行った右接見指定がその要件を具備していたという右判断を左右するものではない。

四  昭和六一年二月五日の第二回接見(控訴人の言う本件第二次接見妨害)について

1  (牛江検事)

前記認定のとおり、牛江検事は、昭和六一年二月四日午後三時三〇分頃、控訴人から電話連絡を受けた際、控訴人が求めた翌五日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までという時間帯を了承した上、接見の時間を一五分間と制約して、接見の指定を行っている。前記認定のとおり、牛江検事と控訴人は、その後、具体的指定書の受取り、持参をめぐって対立し、牛江検事が「そういう見解なら勝手に行かれたらどうですか。」と述べて電話協議を終えているけれども、二人の間には、同年一月三〇日朝の電話協議の際にも同様のやりとりがあり、牛江検事は、控訴人の協力が得られないと判明するや接見指定書の交付という指定方法に固執せず、口頭で接見指定を行ったという経緯があるから、右経緯からすれば同年二月四日の電話協議の際も、牛江検事は既に行った接見指定を撤回していないものと評価することができる。その上、牛江検事自身は、事務連絡のつもりであったものの、右指定の事実を東署に通知し、この通知を受けた宮口係長及び中浜警部補はこれを接見の指定と正しく理解しているのであるから、客観的な評価としては、牛江検事は、違法な措置を講じておらず、牛江検事の採った措置のために控訴人が翌五日午前八時四〇分頃接見を拒否されたものと言うことはできない。

また、牛江検事は、前記認定のとおり、控訴人が指定された時間帯の一時間も前に東署に赴いて被疑者との接見を申し出ることなど予想もしていなかったのであり、その判断には十分理由があったから、控訴人が指定の時間帯の一時間前に接見の申し出をした場合の措置について予め東署に指示していなかったことをもって、違法な不作為と評価することもできない。

さらに、牛江検事が行った接見の指定は、同月五日の午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの時間帯以外の時間帯の接見を全て禁止する趣旨のものではなく、かつ、これを禁止する効力を有するものでもないから、控訴人が同日午前八時四〇分頃に東署で中浜警部補に対し行った接見申し出は、右指定とは別の新たな申し出と評価しなければならないものと言うべきである。牛江検事は、前記認定のとおり、このような申し出がされることを全く予想していなかったのであり、同日午前八時四〇分頃から控訴人が東署を退出した午前九時頃までの間には、控訴人と協議する機会すら得ていないのであるから、牛江検事が控訴人の新たな右接見申し出を拒否したと評価することはできないし、接見を妨害したものと言うこともできない。

2  (中浜警部補)

右説示のとおり、控訴人が昭和六一年二月五日午前八時四〇分頃中浜警部補に対し行った接見申し出は、前日牛江検事が行った接見指定とは別の、新たな申し出であったから、接見指定の権限のない中浜警部補としては、控訴人に対し、捜査の主宰者である牛江検事から直接指定を受けるように求めるか、又は、牛江検事に対し、右申し出があったことを連絡し、その具体的な措置について指示を受ける必要があったものと言うべきである。それにもかかわらず、中浜警部補は、前記認定のとおり、捜査主任官である宮口係長に右申し出があったことを電話で連絡した際、宮口係長から接見指定に関する牛江検事の通知を聞き、牛江検事が控訴人と協議した上、同日九時三〇分までは控訴人と被疑者との接見を禁止したものと誤解し、控訴人を右時刻まで待機させるほかはないと判断して接見を拒否したのであるから、その対応は適切ではなかったものと言わざるを得ない。

しかしながら、前記認定のとおり、<1>仮に牛江検事の接見指定が不明確であったとすれば、控訴人としては、同年一月三〇日の第一回接見の際行ったように、予め東署に電話をかけて牛江検事から接見指定の通知が行われているか否かを確認することができたにもかかわらず、同年二月五日の第二回接見についてはこれを行っていないこと、<2>控訴人は、同月五日午前八時三〇分頃東署に接見に赴けば、担当者が予想外の時間帯における接見申し出で混乱し、接見できないか、又は、少なくとも待機を求められる可能性を認識しながら、右時刻に新たな接見申し出をしたこと、<3>控訴人は、同日午前八時四〇分頃応対した中浜警部補から、宮口係長に聞いた話として牛江検事から接見指定の通知が来ている旨聞き、中浜警部補が牛江検事が行った接見指定と控訴人の新たな申し出との関係につき混乱していることを十分理解し得たにもかかわらず、その誤解を解こうとしなかったこと(控訴人が前日(四日)の電話協議の模様や指定の約一時間前に赴いた理由等を説明し、新たな接見申し出である旨告げて中浜警部補の誤解を解けば、中浜警部補が的確に対応して、牛江検事との協議の機会を得ることができ、接見が実現する可能性が十分あったものである。)、<4>控訴人は、中浜警部補から同日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までという指定された時間帯に来れば、控訴人が最も心配していた接見指定書の持参が不要であることを聞き質しておきながら、指定を受けていた時間帯には接見に赴かなかったこと等の事情が認められる。

このような控訴人の行動は、被疑者との接見を真に望んでいた弁護人等の行動としては了解に苦しむものであり、他面希望した時間帯に接見の指定を受けた弁護人等の対応としては、いささか配慮に欠けたものと言わざるを得ない。そして、控訴人が東署を退出した午前九時頃から控訴人が自ら希望し牛江検事から指定を受けた午前九時三〇分まで約三〇分間待機しさえすれば確実に接見できたことを併せ考慮すれば、中浜警部補が適切な対応を怠った結果、控訴人が接見するまで同日午前八時四〇分頃から午前九時三〇分まで約五〇分間待機せざるをえなくなったとしても、これは、控訴人が自ら招いた結果として甘受すべきであり、彼此対照すれば被控訴人岡山県に損害賠償責任を生じるほど中浜警部補の対応が違法であるものとは言えない。

五  結論

以上の次第で、その余の点(控訴人の損害の有無等)につき判断するまでもなく、控訴人の各請求はいずれも理由がないから、これらを棄却すべきであって、これと同旨の原判決は結論において相当であるから、控訴人の本件各控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山健三 渡邊雅文 池田光宏)

別紙控訴人訴訟代理人目録<略>

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